大した意味はないが、こうしてよくあるドラマの様に遺書を書くことに関して、俺には素質があると思う。筆を握るのは何年振りだろう、最近はボールペンばかりでさっぱり思い出せない。何箇所か滲んだが読めないことはない、俺は気分が良かった。上半身を起こせば寝ているよりはいくらか呼吸も楽だ。そして退屈が潰せた。



「これじゃ土方副長宛の不幸の手紙じゃあないですか。」



 仕事上がりに部屋を訪れたさんは俺から少し離れたいつもの定位置に正座して、長い文章にざっと(少なくとも俺にはそう見えた)目を通すと、遺書は普通自分が死んだ後のことを書くものだと呆れている。

 「へえ、そりゃあ知らなかった。」さんが持って来た雑炊をちびちび口に運びながら、細い指がそれを綺麗に折り畳むのを眺めた。どうするのだろうと思っていれば、さんはそれを懐に仕舞う。流石に気に入らないのか、ところがそうでもないらしい。



「何であんたが?」
「土方副長に渡すんじゃないんですか?」
さんから渡してどうすんでィ。それに遺書ってな俺が死んだ後に効力を発揮するんでしょう?」



 言ってから、いや、寧ろ今読ませても面白いかもしれないと気付いたが、残念ながらさんは再び折り畳まれた長い不幸の手紙を取り出し、それを傍にあった座卓の上に乗せる所だった。俺は少し息を切らしつつ(食べながらの呼吸は難しい)、さんから手紙を受け取ったあの野郎を想像してみる。さんがまだノルマが残っていると険しい顔をしたものの、俺はまだ熱いと言ってレンゲを手放した。


 土方はこの人を大層好いている、と、思う。常に不機嫌な悪人面をしている野郎が時々、本当にごく稀に、さんを見てふっと目元を緩めることがあった。姉上を重ねているのか、はたまたという女そのものを好いているのかは知れないが、俺の直感は今までそれなりの的中率だからきっと正しい。
 遺書は間違いなく破り捨てられるだろう。 燃される可能性もあるがまあその辺はどうでもいい。その後も、土方はさんに好意を寄せ続けるだろうが、果たしてそれを表に出してさんを手に入れることをするだろうか。

 暫くつけていたテレビを見ていたさんが雑炊を一掬い口に入れて、もう生温かくなりましたよと言った。食べる気が失せたので俺はその言葉にあーだかうーだか曖昧な返事をして再度考える。



 姉上を振り払ったその手をさんに伸ばすとは思えなかった。妙な所で格好つける節のある奴だ、きっと、胸中晒すことなく静かにさんを見続ける。

 ならさんはどうだ。

 この人はそれなりに勘のいい人ではあるが、多分土方に関しては何ひとつ勘付いていない。そして    これは俺に対してもだけれど    およそ好きだとか愛してるだとかいった虚言を口にするような人ではなかった。だからお付き合いは長続きしないんだろうと、本人は飄々としたものだ。もうこの際行き遅れてしまえと俺は密かに思っている。
 冷めた人間だと捉えられがちなさんはあからさまな俺にさえ滅多に反応を返さないのだから、あの男の心底解り難い慕情に対して応えることは困難かもしれない。勿論、さんが土方を好きではないという脆い前提の上で、だけれど。




「………阿呆くさ」
「そうですねえ、今のはちょっと間が悪かったかな。」



 無駄のない整然とした横顔のまま、俺の独り言にさんがずれた返事をする。テレビの中では司会者に頭を叩かれている芸人が苦笑いを零していた。


 どうでもいいことを退屈凌ぎにするのにも飽きてきた。さんと土方についての阿呆らしい考察、自分でやったくせにげんなりして、本当に温い微妙な温度になった雑炊をまたちまちまと口に運ぶ。さんがちらりとこっちを見てほんの少しだけ笑ったが、姉上よりも更に感情の起伏が小さい人だから、その笑みもすぐ消える。前にあんたは無感動なのかと問うたら、沖田隊長よりもマシですとばっさり切り捨てられた覚えがあった。失礼極まりない、が、確かに大口開けて爆笑したり、餓鬼のように泣き喚くようなことはあまりない気がする。そう考えると俺とさんは似ているのかもしれない。


 「さん。」呼んだら、首ごと此方を向いた。何処の生まれか知らないが、さんは動作が一々完結し俗に言う“品のある”立ち居振舞いをする。世辞なしで綺麗な女だ。



「ラブレター下せぇ。」
「またえらく、唐突な………私が書くんですか?」
「他に誰がくれるってんだ。」



 さんがもう一度唇を横に引っ張った。近藤局長辺りが喜んで書いて下さると思いますよと笑えない冗談を言うものだから俺は雑炊を行儀悪くべちゃべちゃ引っ掻き回し抗議する。最近は食べるのも疲れる。大体動かないから腹も減らないのに。



「俺ァあんたを泣かせたくはねえんです。きっと不細工だから。」
「失敬な。」



 けれど俺より後に幸せになればいいと思っている。そのときは、誰とでも好きにくっつけば良い。



「だから、いざって時に失敗しねえように、練習でさァ。あんた俺に似て言葉に出ないからいっつも振られるんですぜ?」
「沖田隊長口に出さない自覚あるんですか………つまり振られないようにラブレターの練習を?」



 顎に手をあてて何を考えているのかしばし目を伏せた後、さんはそれは名案だと数回頷いた。この人は時々こうやってずれるから面白い。そう思いながら雑炊の残りを口にかき込んで、俺は遺書も上手いから良い先生になると言ったら、柳眉が僅かに寄せられる。「ああ、でも」



「沖田隊長の指導じゃラブレターじゃなく不幸の手紙になってしまいそうですね。」
「失敬な。」



 御尤もである。俺の代わりにテレビが笑い声を響かせた。














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20100123