帰った俺がタイミング悪く近藤さんも土方も他の隊士もいる場でぶっ倒れたのは必然だったと言える。 昨日アルコールを散々摂取し今日朝飯を抜いて駆けずり回り(逃げ足の周到さに俺らは翻弄された)昼も抜いて駆けずり回り(結局捕縛した頃には日没)、つまり朝さんがそれとなく忠告したにも拘らずまる1日薬を飲まず過ごしたのだ。 上がった息が収まらないのに気付いたが姿を晦ます前にサボるなと引き留められ次の瞬間、




「、っ!」




いきなり気道を堰き止められた為に呼吸中枢が警鐘を鳴らしはしたものの、吐き出したのは少しばかりの空咳だけだった。 冴えた意識下で周りを意識してマズイと逃げ出しかけた足はしかし芯を砕かれたかのように崩れ折れ、俺は図らずも土方の前に跪くことになる。 呼吸を妨げられるのに意識を飛ばせないこの感覚は生きたまま首から下をコンクリ固めにされ海に沈められるようだ。 死ねない苦痛に喉を押さえたまま硬い石畳に額を擦り付けもがく俺を、近藤さんが抱えて仰向けに返した。 

冷え切った頭が俺を見ている。 涙も唾液も冷や汗も垂れ流して情けないったらねぇと、もう1人の俺が嘲笑を浮かべた。 出てこなくていい時にばかり出て来やがって胸糞悪い。 口を開いても出てきたのは怒声なんかではなくてただの掠れた空気だけだった。



「総悟、オイしっかりしろ総悟!」

「てめぇら医者呼べ! 早く!」



焦りに焦った近藤さんの声と動揺する土方の声と(特にコイツは二の舞を怖がる)慌てふためく隊士達の声と、それから。



「どいて下さい、ッどいて!」



またあの人が悲鳴を上げている。 痙攣を起こしぶれる視界に俺の傍らにいた誰かを突き飛ばしたさんが近藤さんまで押し遣ったのが見えて、思わず文句を言いかけたが勿論それも声にはならない。 重い頭と肩を膝に乗せ首を掻き毟っていた両手を引き剥がした彼女は、そのまま俺の片腕を取り上げ乱暴に隊服を捲ると何か液体をぶちまけた。 呆然とする近藤さんに簡易酸素ボンベを放って開封してくれと叫び、どこから取り出したのか細い注射器の無菌包装を歯で噛み切る。 成程さっきぶっ掛けられたのは消毒用のアルコールだったらしいが如何せん息が出来ないので匂いは感じ取れず、もしかしたらその辺に放ってあった蒸留酒かもしれない。 さんは俺がそんな無駄なことを考えているなど露知らず、キャップを指で弾くと細い針を冷えた俺の腕に突き刺した。



「ボタンとベルト緩めて下さい早く! 近藤局長ソレ沖田隊長に、」



言っておくが、人間呼吸困難に陥った時にここまで周りを把握できる筈がない。 これは全てもう1人の俺が俺を見ていただけの話なのだ。 その証拠に俺は、つまり皆が俺として認識している俺は、既に意識を失くそうとしていた。










バレたという事実は恐れていたほどの衝撃を俺にもたらす訳でもなく、平静の出来事のように通り過ぎてしまったらしい。 目を覚ました俺の傍、白衣の医者の隣で俺に背を向けて嗚咽を噛み殺している近藤さんに心は痛むが。
辺りが暗い所を見るとそこまで眠っていたようではない。 目を覚ました俺に気付いた近藤さんが顔をぐちゃぐちゃにしてボロボロ泣きながら、俺が不甲斐無いばかりにお前は言えなかったんだなと己を責めている。 言ったら言ったで泣くのにと思ったが口には出さなかった。


もう俺は、この優し過ぎる人の傍に立ってはいられないのだ。



「すいやせん近藤さん。」



医者がまだこの子は眠った方がいいからと近藤さんに退席を促したのは、俺の謝罪が何かを決壊させたらしく近藤さんが更に泣き始めたからだろう。 確かに俺は眠かったし眩暈もして起き上がりたくなかったからその言葉に甘えた。 医師の後に続き近藤さんは涙声で俺はトシの部屋に居る、何かあったらそこに山崎が居るからと言い残し障子を閉める。 月明かりのおかげで山崎の影だけが微か映っていた。


途端に何もかも放棄したくなる、これは自暴自棄というんだったか。 首を動かすのが面倒臭い。 目を閉じるのも億劫だ。 息をするのが、心臓を動かすのが、こんなにもうざったい。
どうせバレてしまうのならあの時死ねればよかった。 前に隠れてかかった医者はしきりに入院を勧めたが、どちらにしても予後が良くないのなら俺は少しでも長く此処に居たかったのだ。

けれど一方で睡眠中勝手に死んでいてくれればこんな楽なことはないのにと本気で思える辺り、ここらが潮時だったのかもしれなかった。


目を閉じると真っ暗な瞼の裏で、もう1人の俺が無様なこったと此方を見下している。 意識が睡魔に落ちるまでアレは俺を見下し続けるだろう。 俺の潜在意識か何かだろうけれど実際これもどうでも良くて、俺は早々に眠ろうとする身体に従った。 途切れる寸前でもう1人の俺が腹立たしい(自分だけれども)笑いを作る。



(あーあお前、あの人に全て擦り付ける心算か)



「!」






跳ね起きた瞬間ぐるりと回転する視界は俺をそのまま蒲団に逆戻りさせる。 しっかりしろよ俺、多少飯は食いっぱぐれているが此処から土方の部屋に行くくらいのエネルギーはある筈だ。 近藤さんも土方の部屋に行くということは多分さんに事情を聴いていて、それはつまり俺の心境の変化を知る由もないあの人が苦しむことを意味する。 彼女は指切りを憶えているだろう。



“………約束して下せぇ。”



それでなくともあの人は苦しんできたのだ。 罪悪感と不安に押し潰されそうになりながら約束を守ることで俺より寧ろあの人が死にそうになっていた、俺はそれを知っていた。 知っていながら握り潰した。 あの人がやつれて、泣き腫らした目と隈を誤魔化すのに普段滅多にしないアイメイクまでするようになったのを知りながら見なかった気付かなかったふりをした。 諦めた今俺はさんに辛く当たり続けていたのを全部思い出している。




「沖田隊長ォ?! うわ、アンタ何してんですか駄目です寝てて下さい!」

「離しやがれ山崎」



障子を開けた先、すぐ傍に居た山崎は思ったより強い力で俺の腕を引き止めた。 多分土方にキツく言われているのだろう。 さんが医者にさえ口を割っていないのなら恐らくまだ誰も俺の病名を知らない筈だ、そしてだからこそあの2人が彼女に話を聞こうとしている。 否、責めている。

俺の行動は先読みされているようだが、土方の読みなんぞあってないようなモノだ。 俺は腕を振り解くのを諦め山崎に向き直り、自分で自分の糸を切ることにした。 これもあってないような細い糸だが俺はこの糸に固執しさんはこの糸を守ろうとしている。



「………俺の部屋に有りまさァ。 箪笥の2段目の左端。」

「?」

「テメェらが知りたがってる俺の病気でィ。」



走って行った山崎を尻目に俺は土方の部屋に向けて歩いた。 最近では勾配だけでなく平らな場所でも息切れが起こって気分が悪いことこの上ない。 走ることも儘ならずすぐ近くの土方の部屋に行くのに俺は何度も立ち止まって息を整えなければならなかった。


擦り付けるなんて卑怯な真似をするつもりは更々ないのだ。 早くあの人を手放してやらなければ勢い余って共倒れ、そんな笑えない結末を迎えては堪らない。









拒む呼吸、したたる 意図







20090426