俺は自分を自分で見たいと思う。 自分のことを外から見ることができる、つまり光の反射を利用して見るのではなくて本当に自分の目で自分のことを見ることができるといい。 幽体離脱なんて言葉を引っ張り出さずともまあとにかく自己を視覚として認識できる位置にいたいのだ。 人は冷静であれば自分を客観視できるが俺は今そんな器用なことはできなかった。 俺が俺であることを認識できなくて、それは食堂に居た筈がいつの間にか厠にいたり、土方ばかりか近藤さんの呼び声にまで反応しない程のレベルに達している。 自分で思考に呑まれていると判る分まだマシだし誤魔化せているが、それでなくとも妙な所で目敏い山崎や土方には変に思われているのだバレるのも時間の問題である。 俺の意識を占めていたのはそこまでの、少なくとも自分にとっては重大な出来事で、それはこの人にとっても同じだったようだ。 「沖田隊長」 聞き慣れた声、餓鬼が好みそうなバニラの香り、振り返るまでもなかった。 足を止めない俺の代わりに隣を歩いていた土方が振り返って、俺の腕を掴む。 駄目だ、この野郎が居ると俺は見たくもねえ顔を見なくてはならなくなるし、何より都合が悪い。 舌打ちを零し足を止め、面白くもない庭の方を見ながら何の用だと問いかけた。 アンタは莫迦じゃないのか。 何も2人で居る時に引き留めなくたってイイだろうに、アンタの所為で土方が更に俺を奇妙に思っている。 「すみません、でもお伝えしないとと思って。 昨日忘れていたので今朝お部屋にお持ちします。」 「そりゃあ態々すいやせんさん。 別にいつでも構いませんぜ俺ァ今日1日中外で仕事でさァ土方が役立たずの所為で。」 「役立たずはオメーだ総悟!」 土方のクソ煩い怒鳴り声に彼女は硬い笑いを控え目に落とした後、あまり怒らないで下さいと呟く。 甘やかすなと顔を顰め、彼女に気を遣ってかそっぽを向き煙草の煙を吐き出すその隙に俺は睨みつけた。 「っ、じゃあ、後ほど。 失礼します。」 忌々しい。 お伝えしないとなど言って切り返されたら嘘の下手なアンタは誤魔化し切れないに決まっている。 一応アンタ相手なら土方も余計な詮索はしないだろうが、万が一突っ込まれれば、しかもこの場に俺が居なかったらアンタはどうするつもりだ。 余計な事を口走るなと俺は何度も言った筈だ。 睨んだ俺に怯んだまま俺達の横をすり抜けたさんにまた舌を打ったら、土方が何か急ぎかと問いかける。 ほうら言わんこっちゃねぇ。 「えー土方さんまさか俺達のプレイに興味津々なんですかィ? アレでさぁ、昨日の夜あの人を虐めるのに使った玩「朝から生々しい話をするなァァァア!」 「冗談に決まってんだろこのむっつり野郎。 玩具つっても俺が貸したゲームの話ですぜ。」 「テメェ!」 騒ぎ立てる土方を尻目に俺は昨日の記憶を1つずつ探り始める。 昨日、昨日、ああそう言えば昨日は宴会だか馬鹿騒ぎだかのおかげで忘れていたんだっけ。 夜の分を忘れたのなら確かに朝は必要だろう、ここでようやく俺の頭はさんが何も考えなしな人ではないことを思い出すのだ。 が、最近は俺に不安と恐怖に焦燥を混ぜた表情しかしない腹立たしさも引っ張り出してしまったので俺は急いでソレを記憶の奥に押し込む。 あの人の顔を見ると俺は苛立って仕方がない。 怖いのはアンタじゃなく俺だと叫んでやりたくなるから ちなみに彼女ゲームはからきしだ。 ところがその後俺は部屋に戻らなかった。 というか正確には戻れなかったという方が正しい。 ターミナルのすぐ傍で怒った小規模な自爆テロの為に俺達は出なければならなかった。 最近頻発する民間人を巻き込む無差別なソレ、近くで網を張っていた監察方が見事獲物を引っ掛けたと連絡が入るや否や朝餉をひっくり返さんばかりの勢いで出て行く土方に俺は続く。 「沖田隊長!」 一瞬視界に入ったさんの裂けるような悲鳴も、湧き上がった苛立ちも、俺は無視した。 やつれた頬を必死に隠すあの人に一瞥もくれず薄情にも俺は彼女を突き飛ばしている。 引き留めようとする腕を振り払った上で、さんの肩を自分の手が押し退けた。 「どいてくだせぇ!」 尻餅をついた彼女は懇願の色をしていた。 それもこれも全部、俺は後で思い出すのだけれど。 俺は自分を自分で見たいと思う。 それは現実に潰されそうな俺自身からの解放でもあったが同時、彼女を守るための手段でもあった。 “咳がひかないのはソレだったんですか。” “ああ、さんそういう知識があったんでしたねィ。” “隊長……コレは” “………言わねーで下せぇ。” その日偶然さんは俺が薬を飲むのを見てしまっただけだった。 こればっかりは運が悪かったとしか言いようがない、彼女は偶々遅くまで屯所に残って夜食を作っていたそうだ。 飲み忘れを思い出したはいいが真夜中態々水を取りに行くのも面倒で、そのまんま口に含んだ瞬間廊下を通った彼女とばっちり眼が合ってしまった。 風邪薬だと言い張る俺に決定打を撃ち込んだのはさんである。 さりげなくに蒲団へ隠した薬袋を彼女はあっさり見破り掴み出して、取り出したステロイド剤に目を瞠る。 さんはしばし硬直したものの取り乱すことはなく、俺の呟きに始め首を横に振った。 そのまま蒲団の上に居た俺の傍らに膝をつく。 “駄目です、そんな無責任なこと許されません。” “無責任なんざ、今更でさァ。” “駄目です。 沖田隊長、明日“ッ言うな!” この時初めて俺は彼女に怒鳴った。 思いの外でかい声だったからさんも吃驚したのか目を見開いて再度固まっている。 駄目だ、駄目だ。 言ったら俺は刀を棄てなければならない。 さすれば俺はあの人達に付いていけなくなってしまう! “さん、頼みまさァ………俺はまだ、追いついてすらいねぇ、のに” “隊長………でも、私、わたし、は” 俺は彼女の膝に縋った。 途切れ途切れになる言葉はまだ呼吸が収まらないからで、泣いている訳ではない。 空咳の執拗さに気付いたのは結構前の話だ。 そこからここまで誰にもバレなかったというのに、何で今この人に最悪の形で悟られてしまうのだろう。 俺の目の前、彼女の膝の上で握られていた震える拳が解かれるまで、酷く長い沈黙が訪れた。 拳と同じように震える声はさんの決意を揺るがせているような気がした。 見てしまった、知ってしまったのにとその声が言っていたが、言葉として聞き取った内容は真逆のそれである。 “っわかり、ました” “………約束して下せぇ。” さんのかさついた小指がそっと絡まる。 こんな無様な指切りは世界中探したってないだろうとどうでもいいことを俺は咄嗟に考えた。 “沖田隊長、代わりに” “?” “代わりに、私ともひとつ約束を。” 再度絡まった小指、そう言えば俺はこの人の手に初めて触れた。 “病院にもう1度行きましょう。” 自分が自分で監視できれば、決してこの人を傷つけないのにと。 安易にも俺はそう思ったのだ。 針千本ほどの価値
20090409 |